【マリオット×池田含香堂】奈良団扇の170年と工芸体験
奈良天理へ向かう旅行者にとって、伝統文化への没入は何よりも贅沢な時間です。本記事は、1,300年の歴史を持つ「奈良団扇」の深遠な手仕事と、日本で唯一の専門店・池田含香堂が拓く工芸と読者の新しい共創体験について解き明かします。
【本稿で紐解く3つの核心】
- 春日大社の禰宜うちわに端を発する、祈りと「涼」のデザイン思想
- 13の全工程を家内工業で手作りする、池田含香堂の圧倒的熱量
- 徹底的な「守破離」が生み出す現代工芸としての身体的価値
その背景に渦巻く職人の「狂気」と、それに敬意を払うことで得られる身体感覚。Kakera JOURNALが着目する、歴史が教えてくれる本来の豊かさをご案内します。
春日大社の祈りから生まれた1,300年の歴史奈良団扇の起源と美学
一千三百年という途方もない時間の地層。その深淵に奈良団扇(ならうちわ)のルーツは静かに眠る。これは単なる「涼をとる道具」の歴史ではない。神聖な祈りの延長として誕生したこのプロダクトは、現代の私たちが忘却しかけている「手仕事に宿るアニミズム」を強烈に突きつけてくる。
起点は春日大社。神官たちが儀式のために用いた「禰宜(ねぎ)うちわ」が最初の形だったとされる。雨の日の神社の静寂、神官が振る大幣の「しゃらん」という音で空気が震え、場が清められるあの感覚。神仏に捧げるための道具としてのうちわは、風を送ること自体が神聖な儀礼の一部として機能してきた歴史を持つ。
◆8世紀頃:祈りの道具としての黎明
春日大社の神官による手内職「禰宜うちわ」が原型として誕生。神事の清めや風を呼ぶ道具としての意味合いを色濃く持つ。
◆江戸時代:産業としての進化と美意識
奈良町を中心に特産品として発達。実用性に加え、複雑な「透かし彫り」の技法が組み込まれ、観賞用の美と実用が高い次元で融合。
◆現代:歴史の体現者としての池田含香堂
日本で唯一の専門店として170年以上存続。全ての工程を手作業で担い、美術工芸品としての地位を確立する。
時代が下るにつれ、祈りの道具は庶民の生活や風流を彩る嗜好品へと姿を変えた。しかし、その根底に流れる「風を生み、空気を清める」という美学は揺るがなかった。骨組みに貼られた和紙に対し、息を呑むほど細密な意匠の「透かし彫り」を施す技術は、その最大の証明である。光の前にかざすと、切り抜かれた紋様を通して柔らかい光が漏れ、目に圧倒的な「涼」を届ける。視覚から皮膚感覚へと訴えかけるこの設計思想は、現代のどの最新家電にも真似できない、圧倒的な空間支配の力を持つ。
透かし彫りが織りなす繊細な意匠と「涼」の表現
透かし彫りの本質は「空間の引き算」にある。和紙という限られたカンバスから、必要な余白だけを正確に切り落とす。刃先のわずかな狂いすら許されないこの工程には、静謐な集中力と、千年の時間を指先でなぞるような狂気が宿っている。
光を通すことで初めて完成するデザイン。それは飾る場所の環境光や、手に持つ人間の所作までを計算に入れたインタラクティヴなプロダクトデザインだ。目で見て涼を感じ、扇ぐたびに優しく押し出される風を肌で味わう。この身体的な感覚こそが、奈良団扇が持つ歴史の重みであり、大量生産されたプラスチックの道具が絶対に到達できない領域である。
170余年受け継がれる13工程の完全手作り池田含香堂の矜持

現在、この奈良団扇を日本で唯一専業として手がけているのが「池田含香堂」だ。創業170余年を誇るこの老舗は、かつて隆盛を誇った奈良町の団扇産業の中で、ただ一つ残った歴史の正統な後継者である。
13工程に貫かれる手仕事の核心
- 素材選定から削り出しまで、竹の弾力を読み切る骨格の構築
- 小刀一振りで和紙から余白を切り落とす、狂言回しのような透かし彫り
- 骨と紙を寸分の狂いもなく密着させ、耐久性と美しいしなりを生む「貼り」の技術
彼らの工房では、竹の選定から紙貼り、そして要となる透かし彫りに至るまで、全13もの工程をいまも完全なる家内工業で担い続ける。工程を分業せず一貫して手掛ける理由は明白だ。全ての工程が、完成時のたった一度の「しなり」と「風の質」に向かって収束しているからだ。
効率化という名目で様々な産業が工程を失い、安価な代替素材への妥協を余儀なくされてきた現代。その中で、ただ己の技術のみを信じ、膨大な空走時間をかけて1本のうちわを作り上げる姿勢。タイパに流され「一時しのぎ」で世界を消費しようとする現代の私たちに対し、職人たちは、圧倒的な時間と手間をかけることの豊かさを、無言で啓発し続ける。 禰宜うちわ(ねぎうちわ) 春日大社の禰宜(神職)が装束の一部や儀式用として用いていたうちわ。この形状と機能が発展し、やがて奈良特産の「奈良団扇」のルーツとなったとされる。
倍以上の骨数が生む「しなり」と実用性の極致
奈良団扇の骨組みをよく見ると、一般的なうちわと比べて異常なまでの骨数が使われていることに気がつく。細かく割られた竹の骨組み。その本数が多ければ多いほど、紙を張る工程の難易度は急激に跳ね上がる。しかし、その手間の見返りはあまりに大きい。
骨数が多いことで生まれるのは、扇いだ瞬間の独特の「しなり」。手首のスナップをわずかに効かせるだけで、硬さを感じさせない柔らかく重厚な風がふわりと押し出されてくる。美術品のように眺めるだけでも成立する意匠を持ちながら、道具としての完成度を極限まで引き上げている事実。美と機能の完全なる両立。これこそが、池田含香堂の六代目が現代に守り抜く矜持そのものだ。
マリオットが提案する工芸体験の価値ニッポンをクエストする旅

完成されたプロダクトを単に消費するのではなく、その背景にある「時間」に直接アクセスする。積水ハウスホテルマネジメントが展開する「フェアフィールド・バイ・マリオット 道の駅プロジェクト」は、まさにその文脈における新たな提案を始めている。
今回、同プロジェクトは奈良天理山の辺の道の宿泊者を対象に、池田含香堂の六代目当主・池田匡志氏を講師に迎えた「奈良団扇づくり体験イベント」を仕掛けた。この取り組みは、単なる観光地での「ものづくり体験」の域を完全に超えている。
| 価値基盤 | 一般的な観光土産 | 奈良団扇(本プロジェクト) |
|---|---|---|
| 意味と歴史 | 名所の記号的消費 | 1300年の祈りの延長線の追体験 |
| プロダクト | 工場による大量生産の均質化 | 一品もの。骨数の多さと透かし彫りの独自性 |
| ユーザーとの関係的 | 購入時点で関係性が完結 | 自ら手を動かし、職人と共に完成させる「共創」 |
ホテルを拠点に「未知なるニッポンをクエストしよう」というコンセプト。それは、ガイドブックの表層をなぞる旅行者から、その土地の歴史、美学、職人の息遣いを共犯関係として体感する「探求者」への変容を促すものだ。日本各地に眠る極上のローカルコンテンツを掘り起こし、ラグジュアリーな体験へと昇華させる。そのプロセスは、伝統工芸が生き残りをかけて挑む次なるフェーズの道標として、極めて示唆に富んでいる。
自分で選び、六代目たる職人が仕上げる究極の共創
参加者は4種類の色と10種類の柄から自らの美意識に基づいて選択し、小刀を使って自らの手で透かし彫りや和紙の構成に挑む。しかし、この体験はそこで終わらない。
ユーザーが魂を込めて作業した「半完成品」は一度池田含香堂へと持ち帰られ、職人の手による厳密な「最終仕上げ」が施される。そして数週間の時を経て、完全な「奈良団扇」として手元に届く。ユーザーの荒削りな衝動と、170年の歴史を持つ確かな技術力が交差するこのフロー。それは消費ではなく、次世代に向けた「共創」の美しい形だ。
千年の祈りをなぞる身体的感覚と、歴史への圧倒的敬意Editor’s Note

工芸の歴史を掘り下げるたび、私たちはそこに込められた「念」と背中合わせの孤独に直面する。春日大社の神職がうちわを振ったあの静寂から、170年以上も途切れることなく続いてきた池田含香堂の営み。この途方もない年月をかけ、ただひたすらに完璧な美(究極の1位)を追い求める職人たちの精神構造は、常に極限状態の狂気と隣り合わせだ。
くだらないプライドを捨て、
積み重ねられた歴史を圧倒的な敬意で真似る。
そこから全ては始まる。
「雨の日の神社。神官が振る大幣の鈴の音で空気が震え、場が清められるのを感じたとき、『祈る』という行為の意味を頭ではなく身体で理解した。過去の文化や背景を学び、歴史と身体感覚を接続することこそが、新しい未来を切りひらく力になる」— Founder’s Voice / Kakera JOURNAL
「自分流」に逃げず、圧倒的な歴史の蓄積に対して完全に自負心を捨て、型をインストールする。先人が練り上げた13の工程を「徹底的にパクる(守破離の守)」こと。その素直さと泥臭さの上に立ってのみ、初めて本物のオリジナル=現代へのアジャストメントが可能になる。効率のみを追求した結果、自らの思考と行動を止めてしまう「自己満足の2位」に現代人が甘んじている間も、職人たちは決して妥協せず、世界で唯一の完璧な技術へ向き合い続けている。
奈良団扇を通した体験は、ただ工芸品を作るプロセスではない。千年前から受け継がれた「祈りの形」を身体でなぞり、焦燥に駆られる自らの弱さを受容し、ただ結果だけに向き合う。そんな、泥臭くも圧倒的にカッコいい生き方への、一つの挑戦なのだ。
<Reference>
【フェアフィールド・バイ・マリオット 道の駅プロジェクト】奈良の伝統工芸にふれるイベント~第三弾~170余年の歴史を受け継ぐ「奈良団扇」づくり体験を開催!
伝統を身に纏い、1,000年先の未来へ遺す。Kakeraが織り上げる西陣織アロハシャツの哲学と私たちの物語は、CONCEPT、Kakera Aloha、およびABOUTよりご覧いただけます。




















