海から産まれ海へ還る。接着の概念を覆す海藻由来の循環型素材「LOOPGLUE」の可能性
仮設空間に用いられる木工造作や一時的な展示パネル。そこには「強固な固定」が絶対的に求められる一方で、「事後の分解」という避けられない物理的課題が深く潜んでいました。環境負荷への意識が極限まで高まる現代において、コンテンポラリーデザインスタジオのwe+、空間プロデュースの博展、そして接着剤のセメダインが提示した一つの鮮やかな解答が、海藻を用いた画期的な水溶性接着剤「LOOPGLUE(ループグルー)」です。本稿では、接着の限界を超え、設計の初期段階から資源循環を前提としたこの革新的なプロジェクトの全貌と、自然由来の素材がもたらす産業界へのパラダイムシフトについて深く探求します。
【本稿で紐解く3つの核心】
- 従来困難であった「強固な接着」と「水による容易な剥離」の完全な両立
- 海藻成分「アルギン酸ナトリウム」を活用した自然由来の循環型メカニズムの特定
- デザイン、空間設計、化学メーカーの異業種共創がもたらす社会への即戦力の実装
現代のあらゆる産業において「接着技術」は、モノとモノを強固に繋ぎ、耐久性を高めるための不可欠な役割を担ってきました。しかしその一方で、強固に結合された部材は「分解・分別」の大きな障壁となり、最終的にはリサイクル不可能な複合素材として大量に廃棄せざるを得ないという矛盾を生み出してきました。特に、極めて短いサイクルで設営と解体を繰り返す展示会やイベントの仮設空間においては、大量の木工パネルや貼り合わされた表具材がたった一度の役割を終えただけで、容赦なく廃棄されてきたという構造的な課題が存在します。
この産業全体を覆う重いジレンマに対し、コンテンポラリーデザインスタジオであるwe+(株式会社ウィープラス)は、株式会社博展、そしてセメダイン株式会社との長期的な共同研究を通じて、歴史的なブレイクスルーを達成しました。それが、海藻から抽出された天然成分をベースとする水溶性接着剤「LOOPGLUE」の開発です。「永久に固定するための技術」から、「循環を大前提とした設計」へと接着という行為のパラダイムを根本から書き換えるこの素材は、単なる接着剤の代替品に留まりません。次世代の資源と仮設空間の在り方を社会へ問いかける、極めて画期的な挑戦として世界の注目を集めています。
仮設空間に潜む構造的ジレンマと、持続可能な未来への深刻な問い

イベント企画や空間デザインの現場において、資源の消費と廃棄のサイクルは長らく見て見ぬふりをされてきた本質的な問題です。その根本的な要因は、空間を構築するための物理的な「接着と固定」のプロセスに隠されていました。
大量消費と大量廃棄を前提としたイベント産業の構造的限界
大規模な展示会やイベントの空間設計においては、基盤となる木工造作に対して、化粧紙や布などの表具をピッタリと貼り付けるのが最も一般的な施工方法です。この際、短い会期中であっても来場者の安全を確保し、美観を損なわない確実な固定が求められるため、非常に強力な接着剤やボンドが容赦なく用いられます。
しかし、華やかな会期が終了し、わずか数時間で行われる解体作業において、接着面の紙や木材をきれいに分離することは物理的に極めて困難です。再利用(リユース)しようと試みても、無理に剥がすことで表面の品質が激しく劣化し、手作業による膨大な工数が生じるため経済的な合理性が失われます。その結果として、まだ十分に機能するはずの美しいパネルでさえ、表具が貼られたまま複合的な産業廃棄物として粉砕され、埋め立てや焼却処分されるのが恒常的な業界の「当たり前」となっていました。
資源ロスの根本原因である「不可逆的な接着」という概念
この根深い問題の核心は、これまでの接着技術が「永久的な固定」を至上命題としてのみ進化してきたことにあります。不可逆的な接着は、耐久性や強度という面においてこれ以上ない優れたパフォーマンスを発揮しますが、「使い終わった後に、容易に元の単一素材へと還す」という循環のフェーズを一切考慮していませんでした。
「後戻りができない強固な構造」こそが、イベント業界の仮設空間のみならず、現代の住宅資材や消費財など幅広い領域において、真のサーキュラーエコノミー(循環型経済)への移行を阻む最も巨大な障壁の一つとなっています。分離できない素材はリサイクル経路に乗せることができず、結果として新たな資源の採掘と無秩序な廃棄を繰り返す負のループを生み出し続けているのです。
海からの贈り物に秘められた力:「アルギン酸ナトリウム」の解明

化学合成樹脂に代わる新たな接着のメカニズムを、彼らは最先端の工場ではなく「手付かずの自然の海」の中に見出しました。生態系が持つ特性を産業機能へと昇華させる、革新的なリサーチのプロセスに迫ります。
自然界のメカニズムを産業に応用するバイオミミクリーのアプローチ
we+は、かねてより海藻が自律的に持つ特有の性質に着目し、継続的なリサーチと実験を地道に積み重ねてきました。過酷な海中環境で生きる海藻のメカニズムを解き明かす中で着目されたのが、特有の滑りやヌメリ成分である「アルギン酸ナトリウム」です。
昆布やワカメといった私たちにとって極めて身近な海藻の細胞壁にも大量に含まれるこの天然の多糖類は、海中において自らの水分を維持し、柔軟な粘り気で波の衝撃を和らげるという物理的な特性を備えています。we+は、この生体機能である「粘度」と「水分への反応性」こそが、未来の接着剤の土台となり得ることを直感しました。
「確実な固定」と「水による容易な剥離」という相反命題の完全な両立
研究の末に、アルギン酸ナトリウムを主成分とした独自の配合による高粘度溶液は、木材や紙といった多孔質の素材に対して驚異的な接着力を発揮することが証明されました。常温の乾燥状態では、イベント用途の使用に十分に耐えうる強固な被膜を形成し、表面の装飾材をしっかりと木材に固定します。
しかし、この「LOOPGLUE」の真の革新性は、その強靭さの中にある「水との反応性」に集約されています。極めて強固にくっついていた接着層も、解体時に適量の水を上から浸透させることで成分が急速にゲル化し、驚くほど抵抗なく、まるで一枚のベールを剥ぐようにきれいに剥離させることが可能となります。合成樹脂で起こるような木の表面の剥がれや、紙のしつこい残留物は一切ありません。
| 特性と評価軸 | 現行の化学系接着剤 | LOOPGLUEの特徴と優位性 |
|---|---|---|
| 主原料・由来 | 石油由来の合成樹脂(不可逆的な化合物) | 海藻由来の天然成分(アルギン酸ナトリウム) |
| 接着の設計目的 | 事後の解体を考慮しない圧倒的で強力な固定 | 一時的な確実な固定と、事後の分離を前提とした設計 |
| 剥離時の挙動 | 物理的な破壊・削り取り、または強力な溶剤が必須 | 水分を与えるだけでゲル化し自然に剥離。素材を傷めない |
| 環境負荷と再生 | 分別不可により複合素材として廃棄処分、環境負荷が大 | 部材の完全分離が可能となり、単一素材としてのリサイクルを実現 |
この表が示すように、従来の接着剤が「強さ」のみを追求してきたのに対し、「LOOPGLUE」は接着と剥離のコントロールという、全く新しいベクトルを切り拓いたことが明確に理解できます。
産学と異業種の深い共鳴:we+・博展・セメダインが描く新たなエコシステム

この稀有な素材革命は、単独の研究所から生まれたものではありません。美点を追求するデザインスタジオ、現場を知り尽くす空間プロデュース企業、そして確かな技術を持つ化学メーカーという異例のトライアングルによって劇的な前進を遂げました。
アイデアを機能へ導くデザインスタジオの飽くなき探求
この一大プロジェクトの核心的な起点は、we+というコンテンポラリーデザインスタジオによる独自の知的好奇心と、常識に囚われない素材の実験という探求にあります。彼らは環境問題というマクロな視点を持ちつつも、海藻という自然素材のリサーチから純粋に「接着と剥離」という特有の物理現象を見出し、それを社会全体が抱える廃棄システムのエラー解決へと結びつける確固たるビジョンを描きました。
「空間と体験」の現場が真に求める圧倒的な実用性の定義
ここに、数多の展示会や大規模イベント空間のデザイン・プロデュースを手がける株式会社博展が加わったことで、基礎研究は実地への適用という大きな転換点を迎えることになります。
2023年からスタートした共同リサーチにおいて、博展は「仮設空間の大量廃棄」というリアルな痛みを最前線で抱える現場の切実な視点を共有しました。どのような強度なら倒壊のリスクがないか、どの程度の粘度や乾燥時間であれば実際の慌ただしい施工現場で職人が運用可能か、という極めて実践的な評価と要件定義を主導したのです。
大手化学メーカーの知見がもたらした量産化と耐久試験の完全な実証
そして最終的に、日本を代表する接着剤のパイオニアであるセメダイン株式会社の実動的参画が、このプロジェクトを机上の概念実証(PoC)から、実社会への量産化へと一気に飛躍させました。
創業から100年近い歴史の激動の中で培われた同社の圧倒的な接着技術と厳密な評価手法が惜しみなく投入され、高湿度帯での繰り返しの耐久試験や、気候変動への厳しい耐性、そして品質のバラツキを抑えた安定した量産化プロセスの確立が成し遂げられました。これら3社の知見が一つに溶け合うことで、はじめて革新は「社会実装可能なプロダクト」へと形を変えたのです。
固定から循環へのパラダイムシフトがもたらす社会実装

剥がせる接着剤の登場は、単に現場のゴミを減らすという局所的な効果にとどまりません。それはモノづくりの概念そのものを、「終わりのある直線型」から「無限の円環」へと導く力を持っています。
資源循環型イベント空間の実現に向けた劇的な第一歩
「LOOPGLUE」というプロダクトの完成と供給は、これまで「ビジネス上、どうしても仕方がない経費・環境負荷」として諦観をもって受け入れられてきたイベント産業の大量廃棄モデルに、決定的な終止符を打つ可能性を秘めています。
数万平方メートルの会場に立ち並ぶ無数の木工パネル。そこに貼られた美しい化粧紙や装飾物が、少量の水によって手品のようにきれいに剥がすことができればどうなるでしょうか。素地となって美しさを保ったままの木材は、そのまま次回の別イベントで再利用(リユース)することができ、剥がした大量の紙も接着剤の不純物を含まない純粋な単一素材として、古紙リサイクルシステムへと直接回すことが可能になります。これはまさに、理想とされた循環経済の完璧なサイクルが、イベント空間において初めて機能し始める瞬間です。
建築や日用品へと波及する「循環前提の設計」という哲学
この海藻から生まれた技術的ブレイクスルーがもたらす影響は、イベント業界という一過性の仮設空間に留まりません。「製造の段階から、最終的に分解・分別できることを完全に前提として結合・設計する」という思想のアプローチは、現在地球規模で推進されているサーキュラーエコノミーにおける最も重要かつ難易度の高いテーマだからです。
「LOOPGLUE」のような循環型の環境接合技術は、将来的に定期的な解体とリノベーションを前提としたモジュール型の建築材料や、複雑な構造を持ちながらも容易に単一素材へと分離・リサイクルルートに乗せることができる日用消費財のパッケージングなど、社会を構築するあらゆる産業へと縦横無尽に応用される無限の可能性に満ちています。
脈々と受け継がれる自然との調和。Kakeraが紡ぐ循環の美学

すべては自然から生まれ、そして静かに自然へと還っていく。「LOOPGLUE」が社会に向けて発信したこの革新的なアプロ―チには、Kakeraが追い求める精神的な美学と驚くほど深いところで共鳴する哲学が存在しています。
自然界から借り、自然界へ還すという日本古来の静謐な精神性
「LOOPGLUE」が提示する、水によって強固に結集し、そして用が済めば再び水によって抵抗なく解けていくという在り方は、極めて日本的で静謐な自然観そのものと言えます。
振り返れば、日本の伝統的な木造建築や工芸においても、釘などの異物で強引に固定してしまうのではなく、精巧な木組みや天然の膠(にかわ)などを利用し、「後から必ず美しく分解・修繕ができる余白」を空間に残していた思想と本質的に全く同じアプローチです。自然の恩恵である海藻を活用し、その役目を粛々と終えた時には、地球環境へ一切の負荷をかけずに還元するというこの手法は、現代人が自然を暴力的にコントロールしようとするのではなく、自然の理(ことわり)に静かに寄り添い調和するという、深く透き通った循環の美学を示しています。
時のかけらを拾い集め、1,000年先の未来へ引き継ぐために
私たちKakera JOURNALが日々の発信を通じて探求し続けるブランドの根底には、「過去から受け継がれた偉大な知恵や伝統の欠片(Kakera)を拾い集め、それを圧倒的な美しさと共に1,000年先の未来へ繋ぐ」という確固たるミッションが存在します。
今回、最先端のデザインスタジオ、空間プロデュース企業、そして歴史ある化学メーカーという異業種が運命的に交差する中で生み出されたこの海藻由来の接着剤は、間違いなく最新のテクノロジーの結晶です。しかし、その奥底には、自然への畏敬という古の思想が脈々と息づいています。
目先の経済的効率性や不可逆的な大量消費の波に敢然と抗い、分解と再生のための「美しい余白」を意図的に残すこと。それはまさに、私たちが失いかけていた「精神的な豊かさ」を取り戻すための、本質的な引き算の美学に他なりません。Kakeraはこれからも、ただ消費されるだけの情報ではなく、このような時代を静かに変革する哲学的な手仕事の軌跡を見つめ続け、未来へと続く文化の糸を美しく紡ぎ続けてまいります。
<Reference>
we+・博展・セメダインが、⽔で剥がせる海藻由来の接着剤「LOOPGLUE」を共同開発
伝統を身に纏い、1,000年先の未来へ遺す。Kakeraが織り上げる西陣織アロハシャツの哲学と私たちの物語は、CONCEPT、Kakera Aloha、およびABOUTよりご覧いただけます。




















