佐渡の子ども流鏑馬に女の子が抜擢された理由 500年の禁忌を越える神事の行方
伝統とは、時に残酷なまでにその純度を要求する。新潟県佐渡市、新穂地区に鎮座する日吉神社。800年という圧倒的な時間の地層を蓄積してきたこの聖域において、ひとつの不可逆的な決断が下された。500年の長きにわたり、男児のみに許されてきた神事「子ども流鏑馬(やぶさめ)」の射手役に、史上初めて女の子が抜擢されたのである。
これは単なる「時代の変化」という薄っぺらい言葉で片付けられる事象ではない。限界集落化が進む日本列島において、土着の祭祀をいかにして「生存」させるかという、集落の血みどろの臨床実験であり、禁忌を解体してでも命を繋ごうとする切実な祈りの発露である。私たちは今、ひとつの文化が剥製になることを拒み、ふたたび脈動を始めるその歴史的瞬間の目撃者となっている。
【本稿で紐解く3つの核心】
- 佐渡・日吉神社が守り抜いてきた「子ども流鏑馬」の歴史的ファクトと土着信仰の本質
- なぜ500年もの間「女人禁制」という不可侵の領域が形成され、そして解体されたのか
- 禁忌を越えて矢を放つ少女の姿が提示する、日本の伝統祭祀における真の「生存戦略」
的を見据え、弓を引き絞る少女の小さな手。その指先に宿る緊張と、それを見守る大人たちの覚悟。そこには、過去を保存するのではなく、現在に血を通わせて生き延びようとする祭祀のリアルな体温がある。静寂の鎮守の森に響き渡った弓の弦の音を入り口に、伝統という名の防波堤が直面する危機と、その先にある本質的な蘇生への道筋を深く掘り下げていこう。
子ども流鏑馬の起源 佐渡に息づく土着信仰と500年の記憶

佐渡島という特異な地理的空間は、古来より多様な文化が流れ着き、独自の純度へと醸成される巨大な坩堝(るつぼ)であった。その中央部に位置する新穂地区の日吉神社で執り行われる「山王祭」。この地で連綿と受け継がれてきた神事の核を成すのが、他ならぬ「子ども流鏑馬」である。
神と人との交信手段としての「弓馬」
流鏑馬と聞けば、多くの人は京都の下鴨神社や鎌倉の鶴岡八幡宮で行われる、疾走する馬上から武士が的を射抜く勇壮な姿を連想するだろう。しかし、佐渡の日吉神社に伝わるそれは趣を異にする。射手を務めるのは元服前の幼い子どもたちであり、彼らは神の依代(よりしろ)として神聖な馬にまたがる。
なぜ、うら若き子どもが選ばれるのか。それは、穢れを知らない純真な魂こそが、神意を最もノイズなく受信できるという古来の土着信仰に根ざしているからだ。彼らは単なるパフォーマーではない。集落の豊穣と安寧を神に問う、極めて重篤な神のメッセンジャーとしての役割を帯びているのである。
「的を射抜く行為は、技術の披露ではない。空間を切り裂き、神仏との境界を溶かすための切実な儀式である」— 祭祀における弓馬術の哲学
800年の歴史が蓄積した「時間の地層」
日吉神社そのものの歴史は800年に及び、この子ども流鏑馬も確認できるだけで500年以上もの間、絶えることなく新穂の土を踏みしめてきた。500年という時間は、単なる数字の羅列ではない。それは飢饉、疫病、戦乱、そして現代の過疎化という幾多の危機的状況にあっても、村人たちが「これだけは絶やしてはならない」と血の滲むような思いで守り抜いてきたヘリテージ・リソースという新たな文脈の結晶である。
記憶の継承装置としての機能
祭祀とは、本質的に「記憶の継承装置」である。毎年同じ時期に、同じ装束を纏い、同じ所作で的を射る。その反復行動によって、集落の人々は自らが何者であり、どこに属しているのかというアイデンティティを身体に刻み込んできた。
馬の蹄の音、弦が弾ける乾いた響き、的が割れる歓声。これらすべての物理的体験が、個人の記憶を超えて共同体の記憶となり、次世代へとバトンされていく。だからこそ、その「型」を崩すことは、共同体自身の崩壊を意味するという強迫観念と常に隣り合わせであったのだ。
国家プロジェクト「勅旨牧」の地 佐渡が育んだ強靭なる馬事文化の系譜

佐渡における流鏑馬の存在を紐解く上で、決して避けて通れない歴史的ファクトがある。それは、この孤島がかつて国家規模の巨大な馬産地であったという事実だ。
朝廷直轄の牧場「勅旨牧」の存在
歴史の表舞台からはしばしば忘却されるが、古代から平安時代にかけて、佐渡には朝廷が直接管理する「勅旨牧(ちょくしまき)」が置かれていた。四方を海に囲まれ、広大な野原と丘陵地帯を有する佐渡は、都の儀式や軍事に供される最高品質の牛や馬を育成するための、いわば天然の巨大要塞にして理想的な牧場であったのだ。この古くからの馬の生産地という土壌こそが、佐渡の島民たちのDNAに「馬事文化」を深く刻み込むことになった。 中世武家社会による武芸の伝承 さらに時代が下り中世に入ると、本間氏をはじめとする武家による支配が佐渡に及ぶ。鎌倉幕府を開いた源頼朝が、御家人の精神修養と武芸鍛錬を兼ねて鶴岡八幡宮で「流鏑馬神事」を執り行ったように、佐渡を統治した武家たちもまた、独自の武家文化と弓馬の礼法をこの地に持ち込んだ。勅旨牧から続く豊かな馬の資源と、中世武士の鍛錬の記憶が交差した地点に、佐渡の流鏑馬は根を下ろしたのである。
娯楽から神事への昇華
馬は単なる軍事力や移動手段ではなく、島民の生活の基盤であり、時に家族同然の存在であった。佐渡特有の門付け芸である「春駒(はりごま)」など、馬をモチーフにした伝統芸能が庶民の間に深く浸透していることも、その証左である。流鏑馬もまた、武芸の披露という領域を超え、天下泰平や五穀豊穣を願う「村の神事」へと形を変えていった。武士の鍛錬であった流鏑馬が、いつしか無垢な「子ども」を射手とする神の儀式へと純化していった背景には、馬と共に生き、馬を通じて神仏と対話してきた佐渡の人々の、泥臭くも切実な祈りの歴史が横たわっているのだ。
神事における男性原理と禁忌 なぜ500年間「女人禁制」は守られたのか

「なぜ、女の子では駄目だったのか」。現代の価値観からすれば、極めてシンプルで当然の疑問が浮かぶだろう。しかし、神事における「女人禁制」という概念は、単なる男尊女卑の表れとして片付けられるほど浅薄なものではない。そこには、古代から続く切実な畏怖と、自然界の絶対的な力学に対する人間側の防衛本能が働いている。
血と穢れの概念が分かつ「聖なる領域」
神道において、神が最も忌み嫌うものは「穢れ(けがれ)」である。死や病、そして出産や月経に伴う「血」は、強烈な生命力を持つと同時に、日常の秩序を破壊する危険なエネルギー(気枯れ)として恐れられてきた。女性は命を産み出すという、神に等しい圧倒的な奇跡の力を持っている。だからこそ、神事という極度に張り詰めた儀式の場において、神の力と女性の力が衝突することを恐れたのである。 女人禁制の土着的解釈 それは女性を排除するためではなく、女性が持つ「生命を産み出す強大すぎる力」から、脆弱な祭祀の場を守るための隔離(ゾーニング)であった。神聖な領域に異質な強エネルギーが入り込むと、神意がノイズにまみれてしまうという物理的な恐れがあったのだ。
共同体を縛る「同調圧力」という名の防波堤
500年という時間は、慣習を信仰へと昇華させるのに十分すぎる長さだ。たとえ時代が変わり、科学が血の穢れを否定しようとも、村の長老や氏子たちの心の中には「先祖代々守ってきたルールを破れば、神の怒りに触れ、集落に災いがもたらされる」という強迫観念が重くのしかかる。
◆型を守る時代(〜昭和後期)
男児が豊富にいた時代、祭祀は「型」を完璧になぞることが至上命題であった。少しの逸脱も許されず、厳格なジェンダーロールが集落の結束を維持する装置として機能していた。
◆揺らぎと葛藤(平成〜令和)
少子化の波が押し寄せ、「男児」という絶対条件を満たすことが物理的に困難になり始める。型の崩壊か、祭祀の消滅かという二者択一が集落に突きつけられた。
手仕事を奪われなかった女性たちの現在地
一方で、別の視点から見れば、工芸や祭祀の世界における女性の不在は少しずつ雪解けを迎えている。時代を紡ぐ、静謐なる意志。女性伝統工芸士たちが提示する「手」と「美」の現在地が証明するように、かつては男の世界とされた現場にも、今は確実に女性の手の熱量が入り込んでいる。しかし、身体を酷使する工芸の世界と、不可視の神を降ろす神事の世界とでは、越えるべきハードルの高さが全く異なっていたのだ。「祭りができなくなるくらいなら」という切実な悲鳴が上がるまで、その堅牢な扉は開かれることはなかったのである。
女人禁制の構造的欺瞞 古神道におけるシャーマンとしての女性原理

日吉神社の決断をより深く理解するためには、そもそも「女人禁制」という概念がいかにして神道にインストールされたのかという、歴史の構造的欺瞞を直視せねばならない。私たちは無意識のうちに「神事=男性のもの」というステレオタイプを刷り込まれているが、古神道の世界において、神に最も近い存在は他でもない、女性であった。
神霊を憑依させる「巫(かんなぎ)」の存在
日本神話における天鈿女命(あめのうずめのみこと)を引くまでもなく、古代の祭祀において中心的な役割を担っていたのは女性のシャーマン(巫女)である。彼女たちは自らの身体に神を憑依させる「神懸かり」を行い、神託を伝え、祈祷を行った。邪馬台国の卑弥呼がそうであったように、神と交信する絶対的な霊力を持っていたのは女性であり、男性はその神託を現実の政治や儀式に翻訳する「実務担当者」に過ぎなかったのだ。
「神事から女性が排除されたのではない。女性が持つ強大すぎる霊的権力を、後世の制度が恐れ、封じ込めたのである」— 古代祭祀におけるジェンダー・ダイナミクス
神仏習合と「血盆経」がもたらした呪縛
では、いつから神事は女性を遠ざけるようになったのか。その大きな要因は、皮肉にも外来の宗教である「仏教」との習合(神仏習合)にある。仏教における「不邪淫戒(修行者が女性に触れることを禁じる戒律)」や、修験道の修行の場における「結界」の概念が、日本古来の「血の穢れ(出産や月経に伴う出血への畏怖)」という神道的観念と複雑に絡み合ったのだ。
The Formation of Taboo
- 古代神道: 女性=神の依代(シャーマン)としての強大な権力
- 中世(神仏習合): 仏教の戒律と「血盆経」等による女性の不浄視・排除の体系化
- 近世以降: 「女人禁制」が伝統という名の下に社会制度・強迫観念として完全に固定化
中世以降、女性は特定の高位に成れないとする仏教の「五障」や、血による穢れを強調した偽経『血盆経』が社会に浸透することで、女性は祭祀の中心から周縁へと追いやられていった。つまり、500年間守られてきた女人禁制というタブーは、神道本来の姿ではなく、中世の宗教的・政治的な力学によって後付けで作られた「歴史のコーティング」に過ぎないのだ。佐渡の少女が弓を引いたという事実は、この数百年のコーティングを剥がし、神道の最も古く、最も原初的な「女性原理(神の依代としての女性)」の姿を、現代に復権させたとも言えるのである。
武技から祈りへの昇華 弓馬術が切り裂く空間と時間

流鏑馬を単なる「古風なイベント」として消費してはならない。それは極度の身体的緊張を伴う、命がけの武術である。時速40キロ近くで疾走する馬上で、手綱から両手を離し、不安定な足場(あぶみ)のみで身体のバランスを保持する。そして、一瞬の隙間を縫って矢をつがえ、的を射抜く。これは現代のいかなるスポーツとも次元が異なる、異常な身体拡張の技術である。馬上での体幹の制御は、もはや人間の肉体という枠を超え、馬という巨大な生命体と完全にシンクロしなければ決して成し遂げられない領域なのだ。
生と死が交錯する「極限の身体操作」
中世の武士たちにとって、弓馬術は戦場における絶対的な生存スキルであった。源氏に相伝された「弓馬の礼」を基礎として体系化された流鏑馬は、一瞬の気の緩みが落馬や死に直結する。だからこそ、射手には強靭な肉体だけでなく、恐怖を御し、心を「無」にする極限の精神統制が求められた。命の器、時の饗宴──「現代素材問答」が紐解く、食と工芸の新たな地平が示すように、工芸や祭祀における「器」とは、物理的な容器であると同時に、精神の質量を受け止めるための入れ物でもある。流鏑馬において、その「器」は射手自身の肉体そのものなのだ。
佐渡の子ども流鏑馬においても、その緊張感は決して色褪せることはない。むしろ、未成熟な子どもがその大役を担うからこそ、周囲の大人たちを含めたコミュニティ全体の緊張と祈りは、武士のそれ以上に張り詰めたものになる。 空間を切り裂く「破魔の矢」 放たれた矢が的を射抜く「パーン」という乾いた破裂音。それは単なる物理的な衝突音ではない。その一撃は、目に見えない邪気を祓い、淀んだ空間を浄化し、神仏の世界と人間界を隔てるベールを切り裂く「破魔」の呪術的サウンドなのだ。
女の子が乗り越えた「圧倒的な恐怖」と覚悟
この極限の武技に、小学生の女の子が挑んだことの重みを、私たちはどれだけ想像できるだろうか。暴れるかもしれない巨大な獣(馬)に乗り、揺れる視界の中で的を見据える。そこには、「歴史を変える」といった理屈を超えた、剥き出しの恐怖があったはずだ。しかし彼女は、その恐怖から逃げることなく、見事に的を射抜いてみせた。
それは、彼女自身の圧倒的な鍛錬の賜物であると同時に、彼女を支え、教え、馬を引いた地域の大人たちの「絶対にこの子を落としてはならない、この神事を成功させなければならない」という、血を吐くような執念の結晶であった。武技が祈りへと昇華した瞬間、そこに男も女も、大人も子どもも存在しない。ただ純粋な「生きようとするエネルギー」だけが、鎮守の森を満たしていたのである。
限界集落と祭祀のリアル 存続か消滅か、地域の防波堤が直面した危機

美しい伝統の裏側には、常に血みどろの現実が張り付いている。佐渡に限らず、日本中の地方都市が直面している「少子高齢化」と「人口減少」。それは単なる統計データの下降線ではなく、集落のアイデンティティそのものを死滅させる物理的な暴力である。日吉神社の「子ども流鏑馬」もまた、その暴力の前に立たされていた。
「男児」というリソースの枯渇
子ども流鏑馬の射手となるには、年齢や体格の条件に加え、長期間の厳しい練習に耐えうる気力が必要とされる。かつては集落の中に数え切れないほどの候補者がおり、射手に選ばれることは一族の名誉であった。しかし現在、その条件を満たす男児を見つけ出すことは、砂 শকで砂金を探すような絶望的な作業へと変貌してしまった。
Core Crisis
- 学年ごとの対象男児数の絶対的な枯渇
- 練習期間における家庭の負担と参加辞退の増加
- 馬の調達と育成に関する莫大な維持コストの圧迫
途絶えることの本当の恐怖
「人がいないのだから、やめればいい」。都市部の論理であれば、そう簡単に切り捨てられるかもしれない。しかし、土着のコミュニティにおいて、祭祀を止めることは「共同体の死」を宣告することと同義である。祭りがなくなるということは、単にイベントが一つ減るということではない。年に一度、老若男女が集い、同じ釜の飯を食い、神輿や馬を追いかけることで確認し合っていた「私たちは同じ村の人間である」という強烈な接着剤が失われることを意味する。
祭りが途絶えた集落は、急速にその輪郭を失っていく。綾錦が織りなす時間の地層──近代西陣の眼差しと「守り人」たちの美学においても語られている通り、文化を守る「守り人」たちは、単に古いものを愛好しているのではない。彼らは、文化の消失が即ちコミュニティの解体に直結するという恐怖と闘いながら、必死に防波堤を築き続けているのだ。
妥協か、それとも死か
日吉神社の氏子たちもまた、眠れない夜を過ごしたことだろう。「500年の伝統を私たちの代で途絶えさせてしまうのか」。その重圧は計り知れない。男児がいないという変えようのない現実。その絶望の淵で、彼らは「型を守って死ぬか、型を破って生き残るか」という究極の選択を迫られた。そして彼らは、静かに、しかし力強く「生き残る」ことを選んだのである。
女の子の抜擢と祭祀の変容 禁忌を解体して血を通わせる新たな生存戦略

500年もの間、強固に守り抜かれてきた「女人禁制」の扉が、ついに開かれた。射手に抜擢されたのは、地元の小学生である松田野乃花さん。神聖なる領域に、史上初めて「女の子」が足を踏み入れた瞬間であった。それは、単なる話題作りやポリティカル・コレクトネスの波に乗ったわけではない。この抜擢の本質は、伝統を「剥製」にして終わらせるのではなく、自らの手で解体し、再び血を通わせるための痛みを伴う「生存戦略」なのである。
禁忌の解体がもたらす「蘇生」
伝統とは、時代に合わせてアップデートされなければ、やがて腐敗するか化石になる運命にある。日吉神社の氏子たちは、タブーを破る恐怖を乗り越え、「神事は誰のためにあるのか」という原点に立ち返った。神を畏れ敬う心、そして集落の安寧を祈る切実な願い。それさえあれば、矢を放つのが男児であろうと女児であろうと、神は必ず応えてくれるはずだという、信仰の根源的な信頼があったからこそ踏み切れた決断である。
この決断は、決して「伝統の敗北」ではない。「伝統の蘇生」である。
「守る」から「生かす」へのパラダイムシフト
長らく日本の伝統行事は「形を寸分違わず守ること」に重きを置きすぎてきた。しかし、形に固執するあまり担い手を失い、消滅していく祭りは後を絶たない。今回の佐渡の決断は、全国で同じように苦しむ限界集落の祭祀にとって、強烈な希望の光となるだろう。
| 時代区分 | 祭祀のベクトル | 結果としての現象 |
|---|---|---|
| 過去の防衛線 | 「型」を完璧に保存すること(女人禁制の死守) | 担い手の枯渇による共同体の機能不全 |
| 現代の生存戦略 | 「心(祈り)」を生かし、形をアップデートすること | ジェンダーを越えた新たなコミュニティの再統合 |
少女が背負った「500年の重圧」
忘れてはならないのは、抜擢された少女自身が背負った途方もない重圧である。「初めての女の子」として、周囲の期待と、一部にあるかもしれない戸惑いの視線を一身に浴びながら、彼女は馬に乗り、弓を引いた。彼女の小さな背中には、佐渡の500年の歴史と、これからの未来の両方がのしかかっていた。彼女が見事に的を射抜いた瞬間、それは単なる儀式の成功ではなく、古い殻を破り捨てた共同体全体の「産声」であったのだ。
二度と後戻りはできない 過疎化の防波堤として放たれた「不可逆の矢」

一度解体された禁忌は、二度と元の形に戻ることはない。佐渡・日吉神社における女の子の抜擢は、単なる「今年の特例」や「一時的な救済措置」ではない。それは、500年間続いた古い契約を完全に破棄し、未来へ向けて新しい契約を結び直したという「不可逆的な宣言」なのである。
限界集落が突きつける「綺麗事なき現実」
都市部の人間は、しばしば地方の伝統行事に対して無責任なノスタルジーを抱く。「昔ながらの形を変えないでほしい」「女人禁制のような古き良き伝統を残すべきだ」。しかし、当事者たちにとって、それは暴力的で無責任な外野の戯言に過ぎない。地方における過疎化のスピードは、都市部の人間が想像するより遥かに凄惨で、圧倒的だ。若者は島を去り、子どもの声は消え、かつては数十人単位で神輿を担いでいた集落が、今では高齢者が数人で道具を引っ張り出すのが限界というケースも珍しくない。
このような状況下で「伝統を守れ」と外から叫ぶことは、沈みゆく船の上で楽器を演奏し続けろと命じるようなものである。地方のリアルな現場では、文化を標本として保存する余裕など疾うの昔に失われているのだ。
◆観念論の死と臨床的実践
「型」を守るという観念論に固執し、何もしないまま静かに滅びを待つのか。それとも、型を破壊してでも、血を流しながら「今ここにある命」をつなぐのか。佐渡の決断は、後者を選ぶという極めて泥臭い臨床的実践であった。
孤島から放たれた「生存」へのシグナル
この不可逆の矢は、佐渡という孤島から日本全土へ向けて放たれた強烈なシグナルである。伝統とは、それを守る人間の「生きようとする意志」そのものだ。「不安定」という名の強度──中西夏之が遺した、絵画の終わらない問いが示すように、真の強靭さとは、決して変化しないこと(安定)にあるのではない。変化し、揺らぎ、不確実な未来に対して常に問いを投げ続けることの中にこそ、圧倒的な強度が宿るのである。
次なる歴史のレイヤーを重ねるために
女の子が弓を引いたことで、来年以降、おそらく別の困難が待ち受けているだろう。「次はどうするのか」「誰が馬の世話を引き継ぐのか」「少女が大人になった時、神事はどう変容するのか」。次から次へと押し寄せる未曾有の課題に対して、過去の正解は通用しない。しかし、彼らは少なくとも「終わらせる」という最悪の選択肢を回避し、自らの手で時間を先に進めた。血を流しながらでも前に進むことを選んだ彼らの祭りは、これまでの500年よりも遥かに深く、そして熱く、これからの時代を生き抜いていくはずだ。
「型」の継承と「心」の進化 女性が放つ矢が示す伝統の本質的蘇生

伝統とは、過去の遺物をガラスケースに入れて飾っておくことではない。常に時代と摩擦を起こし、火花を散らしながら、現在進行形で更新されていく「生き物」である。佐渡の子ども流鏑馬における女の子の抜擢は、まさにその摩擦から生まれた熱量そのものだ。
「境界を溶かす」という本質
日本の伝統工芸や祭祀の世界では、長らく「変えないこと」が美徳とされてきた。しかし、極限状態に追い込まれた時、真に守るべきものは「物理的な型」ではなく「目に見えない祈り」であることに気づかされる。女性が弓を引くという行為は、単に性別の垣根を越えたというだけではない。それは、神と人、過去と未来、そして旧来の慣習と現代の倫理観という、あらゆる「境界線」を溶かしていく作業なのだ。
「形を破ることは、精神を殺すことではない。精神を自由にし、次の100年を生き抜くための翼を与えることである」— 伝統のアップデートに関する本質論
共創という名の新たな伝統へ
この事象は、他の伝統分野にも強力なインスピレーションを与える。境界を溶かす金彩のアルケミー ―― 京友禅が提示する、共創という名の新たな伝統でも触れられているように、異質なもの(あるいはこれまで排除されてきたもの)を受け入れ、掛け合わせることでしか、真の意味での「新しい伝統」は生まれない。
佐渡の氏子たちと少女が共に創り上げた今年の流鏑馬は、500年前のコピーではない。令和という時代において、村人が総出で議論し、葛藤し、そしてたどり着いた「2026年のオリジナル」である。彼女が放った矢は、的だけでなく、私たちの無意識の中に巣食う「伝統への固定観念」をも見事に射抜いたのである。
佐渡への旅程 神の矢が放たれる瞬間を共有する身体的体験

スマートフォン越しに消費される情報には、決して宿らない「質量」がある。馬の荒い息遣い、土煙の匂い、そして限界集落の人々が祭りに込めるヒリヒリとした執念。これらは、実際に佐渡という特異な磁場へ足を運び、身体を通して受信しなければ真の理解には到達しない。
傍観者から目撃者へ
伝統がアップデートされる瞬間は、そう何度もあるものではない。500年のタブーを越え、新たなフェーズへと突入した日吉神社の「山王祭」と「子ども流鏑馬」。来年以降も、この変革の火は燃え続けるだろう。私たち部外者にできる最大の貢献は、彼らをただ遠くから「かわいそうに」「よくやった」と評論することではない。現地へ赴き、経済を回し、彼らの祈りを共に目撃する「共犯者」となることだ。 佐渡・日吉神社へのアクセス 新潟港から両津港へフェリーまたはジェットフォイルで渡航。両津港から車で約15分、佐渡の中央部・新穂地区に位置する。毎年4月の「山王祭」に合わせて訪問計画を立てることを推奨する。
神の矢は放たれた。
次は、私たちが応える番だ。
Reference:
佐渡の伝統的神事「子ども流鏑馬」に女の子を抜てき 500年の歴史で初めて
伝統を身に纏い、1,000年先の未来へ遺す。Kakeraが織り上げる西陣織アロハシャツの哲学と私たちの物語は、CONCEPT、Kakera Aloha、およびABOUTよりご覧いただけます。






















